大場博幸(亜細亜大学非常勤講師)
本研究では、必ずしも明示されないが実際に公立図書館で使用されている蔵書の選択基準を検証する。ただし、明らかになるのはあくまで公立図書館の集合レベルでの優先傾向であって、個々の図書館における実際の選択基準ではない。この研究により把握できるのは、公立図書館の選書基準の一般的な傾向である。
選書は、伝統的に要求論と価値論の二つの概念を使って議論されてきた。しかし、この二つの概念は、選書の理念を把握するのには適しているが、実際に行われた選択を説明するのには十分とはいえない。この議論より先に進んだのが、根本彰が打ち出した「制限的要求論」である。この議論に従えば、価値論的な排除基準をクリアする資料ならば、要求論的な序列で優先順位がつけられるはずである。現実に、公立図書館は「制限的要求論」を超えてもなお、なんらかの選択基準を駆使して資料に優先順位をつけて所蔵している。本研究では、「制限的要求論」の検証をおこなうだけでなく、制限基準をクリアした諸資料の中からある資料が選択されるのはどのような論理によってなのか、についてまで考察する。
選択基準を抽出するため、市町村立図書館における新聞・雑誌間の配分バランスに着目した。具体的には、いくつかの新聞や雑誌が公立図書館に所蔵される件数を調査し、諸属性との間の関係を分析した。新聞と雑誌を対象としたのは、年間で検討される点数が多くかつ複雑な要素が絡む図書の選択よりも、定期購読する逐次刊行物の方が選書の論理を明らかにしやすいと考えたからである。資料の属性としては、創刊年、対象読者、内容のシリアスさ、出版社の思想傾向、などを考慮した。図書館の属性としては、現施設の開設年と資料費を考慮した。対象としたのは、新聞(五大紙と地方紙その他)、総合月刊誌(『文芸春秋』など12誌)、一般週刊誌(『週刊朝日』など18誌)、女性誌(『婦人公論』など30誌前後)である。所蔵調査の対象館は、愛媛県(29館)、愛知県(93館)、滋賀県(42館)、神奈川県(90館)、千葉県(102館)の市町村立図書館または公共の読書施設である(館数に分館を含む)。
結果は以下のようになった。資料費の規模が大きいほど、すべてのタイトルを所蔵しようとする傾向があり、一方でそれでも絶対に排除されるタイトルもある。ここから、制限基準の存在は確認される。優先基準としては、郷土資料優先、内容が硬派なもの優先、創刊年の古いもの優先、などさまざまな傾向が見出された。特に、創刊年の古さの影響は強い。また、「潜在的ニーズが多いものを優先する」という意味での要求論的な基準(註:発行部数を参考にした)は、一応その存在は確認できるものの、必ずしも他の基準よりも特別に優先されているわけではないことがわかった。したがって、要求論は想定されるほど支配的な論理とはなっていない。他に、これらの優先基準によって、優先されるあるいは排除される利用者層についても言及する。
佐藤義則(山形県立米沢女子短期大学)、永田治樹(筑波大学図書館情報学系)
大学図書館サービスの品質評価について、これまでに,SERVQUALをベースにした 数次にわたるサーベイ調査を実施し,探索的因子分析および検証的因子分析によっ て、その評価局面として「職員」,「組織(サービスの設定)」,「場としての図 書館」,「コレクション・アクセス」の4局面が存在することを明らかにした1), 2).
本研究は、これらの4局面を,フォーカス・グループ・インタビューによって, 図書館利用者の具体的な文脈(体験)に沿って捉え直すこと,および,量的分析で は変数化しえなかった重要な要素が存在するとすれば,それがどのような内容かを 確認することを目的として実施したものである.
フォーカス・グループ・インタビューは,国内外の4大学図書館における九つの 利用者グループ(東北大学[学生,大学院生],熊本大学[学生,大学院生,教 員], ロンドン大学ローヤル・ホロウェイ・アンド・ベッドフォード・カレッジ[学生, 大学院生],オウル大学[学生,教員])に対して行った.インタビューにおける メモ,録音,録画をもとに,それぞれのグループにおけるインタビュー記録を作成 し,さらに比較対照を可能にするために日本語,フィンランド語による記録の英文 テキストを作成した。
記録をもとに,@発言データの4局面へのマッピングを行うことによって,4局面 に関する具体的発言をとりまとめるとともに,Aフォーカス・グループにおいて採 集された新たな「カテゴリー」について検討した.また,作業の補助資料として, 記録文によるKWIC索引を作成し活用した.
フォーカス・グループ・インタビュー記録の分析は,大学図書館のサービス品質 評価方法を精緻化し,サービス品質調査を実施する際の要件を整えるものである.
1) 佐藤義則, 永田治樹「図書館サービスの品質測定について:SERVQUALの問題を 中心に」『日本図書館情報学会誌』 Vol. 49, no. 1, 2003, p.1-14.
2) 佐藤義則, 永田治樹「大学図書館の"サービス品質評価"を構成する局面」 『情報メディア学会誌』 No. 2, 2003, [掲載予定].
辻慶太(国立情報学研究所 人間・社会情報研究系)、芳鐘冬樹(大学評価・学位授与機構 評価研究部)
テキストからの専門用語自動抽出手法に関しては,これまで様々な研究が行われ, 一定の成果を収めている。それらの多くは,テキストが作られた後の,ある時点にお いて,<既に専門用語として普及している語>の抽出を目指してきたように見える。 本研究では,ある分野のテキストが作られた直後の時点において,その時点ではまだ 専門用語として普及していない新語の中から,<今後専門用語として普及する語>を 抽出する手法を提案する。ここでは「新語」として特に,テキスト中に初めて現れた 語,即ち出現頻度が1の語を取り上げる。
初めて現れた時点では,その語はまだその分野の専門用語とは言い難いという点で, 本研究は従来の専門用語自動抽出研究と,抽出対象の語が異なっている。また上記の ような新語の中から,今後専門用語として普及しそうな語を抽出するという操作は, 「その語はそれ以前にはなかった(テキスト中には現れていなかった)」という条件 下で行うため,従来の C-Value に基づく手法などは適用できず,また出現頻度に差 が ないため,技術的な点でも異なってくる。さて,こうした予測が可能になると,まず 専門用語辞書の更新の際に,ある語を加えるべきか否か判断する場面で有用であり, また,ある分野において今後注目を集める研究が把握しやすくなるというように,ト レンド分析的な面でも役に立つと思われる。
本研究では,"Journal of the American Society for Information Science (and Technology)" (以下'JASIST') において,ある期間に発表された論文中の語の集 合 は,ある1分野のある期間の語の集合であるとみなして,分析の対象とした。期間は 1986年〜2002年の計17年で,1,025論文の全文を対象とした。今回はこれら1,025論文 を,発表時期の観点から2つに分け,後半(現在に近い方)の513論文のみに偏って 現 れる語を,「JASIST に表される分野に新たに現れた専門用語」とみなし,それらが 初 出時点において,どのような言語学的特徴を持っていたかを分析した(本研究では, 専門用語でない語の出現確率は,経年的に大きく変化しないことを仮定している。逆 に大きく変化した語,特に大きく増加した語は専門用語であると仮定している)。よ り具体的には,513論文のうち,最初の72論文(1997年6号から1998年5号までの1年 分 )に初めて現れた2名詞列のうち,(A)以後全く現れなかった2名詞列,と,(B)よく 現れた2名詞列,との比較分析を行い,(A)(B)を区別し得る特徴がないかを調べた。 その結果,よく現れる2名詞列の多くは,「初出時点前によく用いられるようになっ てきた名詞」と「一般的な名詞」という組み合わせ('web user'など)が多く,かつ それら2語(あるいはそれら2語の語幹)を同じ文に共起させている論文が増えてい る場合が多いこと,などが分かった。
三輪眞木子(メディア教育開発センター研究開発部)、神門典子(国立情報学研究所)
(1)研究目的:近年、欧米の図書館情報学研究では、理論的研究の重要性が認識され、周辺領域の既往理論に基づく仮説を図書館情報学分野で検証する実証研究、および、情報に関するさまざまな現象に関するデータの定性的分析に基づく理論の構築を目指す探求的研究が増加している(Hjorland, 1998, p.607)。図書館情報学分野でどのような理論が用いられているかに関する数少ない既往研究によれば、理論を用いた研究は10〜34%であるが、その利用の仕方は、成果報告で指摘するのみといった場合も多く、特定の理論を研究の枠組みとして採用しているものは少ない。また、図書館情報学の中でも特に情報行動研究において、理論的な研究が多い傾向がみられる(McKechnie & Pettigrew,2002)。本研究では、図書館情報学分野の主要な研究誌に掲載された論文の内容分析に基づき、日本の図書館情報学研究における理論的研究の動向を調査し、欧米の研究動向と比較することで、日本の図書館情報学研究における理論的研究の特徴を把握するとともに、それらの研究で用いられている手法を明らかにすることを目的として実施する。
(2) 研究方法:日本の図書館情報学研究の成果を掲載している主要な研究誌として、以下の3誌を選定し、1991-2000の掲載論文について内容分析を実施する。これら3誌の選定にあたっては、図書館情報学会が作成したBIBLIS2(1991-2000)を利用した。@ 日本図書館情報学会誌(1999までは図書館学会年報)A Library and Information ScienceB Journal of Library and Information Science
(3) 内容分析では、McKechnie & Pettigrew (2002)が開発した枠組みを一部修正して用いる:@第一著者所属機関種別(教育機関・研究機関・公的機関等);A論文の種類(実証研究報告・概説論文・主張論文・数学モデル・会話分析・歴史的研究・レビュー論文・特定理論に関する論文・特定手法に関する論文等);B論文の主題(図書館・歴史・情報政策・図書館情報学教育・情報行動研究・図書館サービス・図書館管理・学術コミュニケーションと出版・計量文献学・インターフェース設計・書誌学・情報検索・情報技術等);C採用理論;D理論の扱い方(研究枠組みとして・その他);E研究手法(定量的研究・定性的研究・サーべイ・単独インタビュー・グループインタビュー・事例研究・内容分析・参与観察等)
(4) 予想される成果現在、1誌(日本図書館情報学会誌)の掲載論文の内容分析を終了したところで、最終的な結論は得られていないが、理論を用いた実証的研究、理論の構築を目指した探求的研究ともに、欧米の調査結果と比較して少ないように思われる。
芳鐘冬樹(大学評価・学位授与機構評価研究部)、辻慶太(国立情報学研究所人間・社会情報研究系)
今日,様々な分野において,複数の研究者による共著論文の増加が報告されている。共 同研究(その成果である共著論文)の増加の背景には,学術研究の高度化・複雑化,研究 者の専門分化,学際的分野の発達があると言われているが,それらの他にも,クレジット に関する慣習の変化,国・機関による共同研究の奨励,コミュニケーション手段の発達, あるいは,多数の論文を発表しなければならないというプレッシャーの増大といった要因 も挙げられている。
共著傾向の時系列変化を扱った先行研究は,1論文あたりの平均著者数や,全論文中に 占める共著論文の比率の変化について報告したものを中心に,多くのものが存在してい る。また,それらのうちのいくつかは,共著傾向の変化に関する分野による違いにも言及 している。しかしながら,それらのほとんどは,多数の低頻度事象が存在するという著者 生産性データの特性を,必ずしも考慮したものではなかった。本研究では,データの特性 に由来する標本量依存性(スケールエフェクト)を考慮に入れて,共著傾向の時系列変化 に関する分野間の差異を明らかにすることを試みる。
本研究では,ISIが提供するSCI (Science Citation Index)データベースの,1997年か ら2002年までの6年分を分析のための情報源とした。化学分野をはじめとするいくつかの 分野について,それぞれの分野のコアジャーナルに掲載された論文の書誌情報をSCIデー タベースから抽出し,それらのデータを分析に用いる。
それぞれの分野について,著者単位で見た共著傾向を表す指標(パートナーの異なり数 ・延べ数など)だけでなく,共著ネットワークの特性を表す指標(中心性集中度など)に ついても,年ごとの値を計算する。前者に加えて後者の経年変化も観察することで,研究 協力ネットワークの構造的な変化についても調査する。
さらに,著者の属性(所属機関・国など)からの分析もあわせて行い,その結果に基づ いて,前述の「共著論文増加の背景要因」との関連性についての考察も行う。
また,年ごとの傾向の比較や,分野間の比較を行う際には,ランダム・サブサンプリン グを繰り返すモンテカルロ・シミュレーションによって,標本量(スケール)を標準化し たうえで比較を行う。そうすることで,これまでの研究では,スケールの影響に隠されて 見えていなかった,共著傾向に関わる分野の本質的な特徴を明らかにすることが可能であ ると考えている。
逸村裕(名古屋大学附属図書館研究開発室)、秋山晶則(名古屋大学附属図書館研究開発室)、石川寛(名古屋大学附属図書館研究開発室)、河合正樹(インフォコム)、長屋隆幸(愛知県立大学大学院)、船戸公子(岐阜女子大学地域文化研究所)、若松克尚(愛知淑徳大学大学院)
本研究は,「伊藤圭介文庫」の内容分析を行い,デジタル技術及びメタデータを 付与し,電子図書館機能を通じての公開と多面的な活用を図ることを目的とするもの である。
1994年学術審議会の建議『大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化につ い て』以来,多くの図書館で電子図書館システムの構築が進められた。しかしそこで 行われているのは図書目録情報の遡及入力,貴重資料や限定された学術資料のデジタ ル化が主であり,メタデータの活用,ネットワークと電子情報源の特色を生かした活 動と研究開発が十全に行われてきたとは言いがたい。
伊藤圭介(1803-1901)は江戸時代末期から明治にかけて活躍した植物・博物学者であ る。名古屋に生まれ,儒学,本草学,医学を学んだ。その活動範囲は広く,医家とし ては尾張で初めて種痘を実施したほか,シーボルトに西洋植物学を学び,トゥーンベ リの『日本植物志』を翻訳注解してリンネの植物分類法に基づいた『泰西本草名疏』 など植物学に関する書物を多数出版した。今日に伝わる雄しべ,雌しべ等の植物用語 の翻訳者でもある。"Keisukei"の名を学名に冠した日本産植物はスズランなど15種に 及ぶ。また,幕末から明治にかけて 数々の植物園,博物館,博覧会開催にも関わっ た。1881年には東京大学教授に任ぜられ,1888年日本最初の理学博士となっている。 圭介の交友関係は広く,飯沼慾斎,アーネスト・サトウ,田中芳男,アドルフ・ノル デンショルド,牧野富太郎,水谷豊文ら学術・国際交流の足跡は多岐に渡っている。
「伊藤圭介文庫」は圭介晩年の遺稿ノート188冊から成る。その内容は植物を中心に 動物,昆虫及びそれに関連する当時の文物を記し,他日の出版に備えたものである。 圭介の自筆原稿や多彩なスケッチのほか,入手した各種資料,断片,手紙等の「現 物」がそのまま貼り込まれていることが大きな特徴である。そこには,今日では失わ れてしまった書物の断簡なども多数含まれており,当時の文化世界が凝縮した形で, 独特の価値をもつ貴重な資料群を形成している。
しかし,圭介の筆跡に相当癖があり,難解であることはおくとしても,洋の東西, 時代を問わず博捜された資料世界は,容易なことでは認識しがたい存在である。こう した資料そのものの扱いの難しさから,数多くの研究資料で「伊藤圭介文庫」の重要 性が指摘されることはあっても,その原典の全容についての包括的な調査研究は未着 手であり,また正確な内容把握はなされてこなかったのが実情である。
そこで本研究では,この「伊藤圭介文庫」の内容分析を行い,デジタル化とメタ データの付与,人物関係図の組織化を施し,今日の電子図書館技術をもって圭介の意 識した豊潤な学術世界を明示し,日本における黎明期の学術と殖産事業のあり方を明 らかにしようとするものである。
JSLIS2003
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