図情メディア研究科パンフレット2015
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11学位論文(2013年度修了)学位論文(2013年度修了)図 本研究の概念図児童書出版社の価値志向と利益志向:日本における児童書専門出版社の図書出版活動に着目して片山 ふみ 本研究では、児童書専門出版社の出版活動の特徴を、社員の志向(価値志向、利益志向)から明らかにし、その志向がどのように達成されるのかの背景を検討した。なお、児童書出版社は児童書専門出版社と総合出版社の児童書部門(以下、総合出版社)を指し、本研究の力点は児童書専門出版社にある。 価値志向と利益志向は、ウェーバーの行為論から着想を得、彼の理念型を援用した極的な尺度で、場面ごとにどちらが際立つかを判断するものである。2つの志向が併存するような細部は、ブルデューの非経済資本と経済資本の観点を用いて把握した。まず、児童書専門出版社がどのような目的で出版活動を行ってきたのかの歴史的変遷を文献調査により明らかにした(図①)。児童書専門出版社は、時代を超えて読み継がれる出版物の制作をめざし、その実現のため社会関係資本や象徴資本の蓄積を行うとともに、それを経済資本に転換させている。具体的には、経済資本の豊かな大手総合出版社に対し、無私無欲という面を押し出して象徴資本を蓄え、業界における権威と発言力を高めようとする。さらに、同業者や学校図書館関係者との人脈を築き(社会関係資本の蓄積)、編集や営業の両面で確実な投資を行うことができるビジネスモデルを作り、学校図書館市場を独占領域にすることで、書店をベースに活動する総合出版社とは別の戦略で経済基盤を得ている。 次に、児童書専門出版社が現在どのような目的で出版活動を行っているのかを把握した(図②)。経営者を含む児童書出版社社員計18社に聞き取りを行い、それぞれの社の社員に共通する意識を把握した後、熟練社員に対しライフヒストリー調査を実施し、個別的な視点による社員の意識の把握をめざした。これらの博士(図書館情報学)結果、児童書専門出版社は、学校図書館ルートでは企業理念を措いて利益の追求をめざし、書店ルートでは企業理念に則した価値を追求しようとする点が明らかとなった。 最後に、学校図書館市場を対象に、児童書専門出版社の目的が周辺組織との関係のなかでどのように達成されているのかを明らかにした(図③)。編集プロダクション、全国学校図書館協議会、学校図書館図書整備協会、図書館流通センター、学校図書館職員へ聞き取り調査を行った後、既存のデータを統計的に分析した。これにより児童書専門出版社は、学校図書館向け書籍の制作を編集プロダクションに一任することで、安くコンスタントにライフサイクルの短い商品を制作していることを指摘した。また、課題図書・選定図書の選定において総合出版社よりも児童書専門出版社が優先的に選ばれてきた可能性も指摘し、制作、流通の両面で児童書専門出版社が利益を得られる環境ができている状況を描いた。 全体を通じて、より良い本を作ろうという意図が、逆説的に利益志向を生み出すという意図と結果のパラドックス(マートン)に通じる事例を児童書出版に見出した。(研究指導担当教員 後藤嘉宏)

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